投稿誌「わいふ」への投稿1

Posted on 05 9月, 2014 in 結婚

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母親役などやらず、あなたはあなた、私は私、てんでにやりましよう、というやつです。
夫は、私に可愛い女でいて欲しいと思っているようなところもありましたから、家庭内別居という形をとりたかったようです。
しかし、こういうごまかしも苦手ですので、私は別居することにしました。子供たちは、夫の許に置き、私だけ部屋を借りました。
しかし職業のない彼女に自立はむずかしい。
今まで、夫と子供とともに生きることに没頭してきた私は、こうなってみて初めて自分自身への手当てなど何もしていないことに気付きました。
企業人としてまた家庭人としての夫をきびしく裁断しながら、私は自分の身体だけは全て夫や夫の会社に頼りきっていたという事実が、
今どっと目の前にさらけ出され、私は実に恥ずかしく、心細い思いをしています。
私が人間らしいと思える生き方で、意志を貫こうとすれば、この年ですから、いくら頑張って働いてみても、
いつかどこかで病気をしてのたれ死にということにもなりかねません。では反省して意志を曲げ、夫の許に戻るとしても、
夫に徹底的に抵抗した事実はそのまま残ります。と書くと後悔しているようですが、後悔はしていません。
どうなっていくのか見当もつきませんが、子育てをし、自立を図る努力を続け、外側からそんな自分をじっくり観察するつもりです。
最初の例は主婦になってしまった女性が、自己実現できない辛さと怒りをぶつけたものだが、これは愛の場であるべき(と女は思う)家庭の空洞化をついている。
もうひとつ、少を変わった角度からのものをあげよう。
一九八五年一月、「集合住宅で生きる」という特集を組承、投稿を募集した。埼玉県の団地に住む若い主婦が、「女たちの昼さがり」と題した一文を寄せ、
掲載されたのだが、それは団地妻たちが子供・夫のいない間、昼から夕刻までお茶の承会をして、主婦売春があるらしいなどと人の噂、
くだらぬことをしゃべり合う、というものだった。ヒマな主婦生活がよく描かれていた。
円満な結婚生活の為にすべきこと。それは相性が合う素敵なパートナーと巡り合うこと。

参考:
相互リンク開く

主婦の存在価値とは

Posted on 25 3月, 2014 in 出会い

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投稿誌「わいふ」が、「妻の価値」というアンケート調査をしたのは40年代のはじめであるが、その結果を読んだ松田道雄氏は一文を寄せて、「妻は自分の家事労働により、夫の給料に価値を付加する」と述べ、主婦の存在価値を認めたものだ。まったくそのとおりで、薄い給料袋を厚くするのは主婦の才覚と無償の労働だったのである。
この時期の主婦像は、現在でも主婦擁護者の理想のイメージになっているが、残念ながら歴史はすゑやかに変転して行った。
アメリカでは1920年代に、すでに洗濯機や冷蔵庫を擁した、近代的な主婦生活が始まって、その花盛りは六○年代まで続いた。じつに40年。外圧で近代化を進める日本は、歴史の歩みが非常に速い。日本ではわずか十年余で楽しき主婦生活は価値を疑われることになってしまう。
昭和四十年代に入ると、衣服業界はきそって既製化率を上げる努力を始めた。すでに既製率が九○パーセントを超えるアメリカにノウハウを学び、あっという間に洋裁店は既製服店と選手交替してしまった。デパートの布地売り場は縮小の一途を辿っ(たど) た。
裁縫や編桑物はそれまで家事労働の大きな部分lおそらく三分の一以上の時間lを占めていただけに、この変化はにわかに主婦の余暇を増大させた。ミシンは次第に使われ
る頻度がへり、最近にはとうとう大手のミシン製造会社が倒産するに至る。
全自動洗濯機、冷凍庫つき冷蔵庫、打ち直しの必要のない化織や羊毛のふとん、主婦の手間をはぶく商品が洪水のように家庭をおそった。最後のトリデは食であったが、デパートの地下売り場には、あらゆるお惣菜が並べられ、ファミリーレストラン、ファーストフードの出現は料理ができなくても生きていけるのではないか、というところまできてしまった。

先輩のアメリカでは、最近、料理をクックするといわず、メイクするというそうだ。せいぜい盛り合わせる程度しか、手を掛ける必要がなくなっているのであろう。日本ももはやその段階に到達しつつある。
家庭内の女の労働は、かつて機織りが工場にとって代わられたように、ぞくぞく社会に奪われて行った。
労働によって自己の存在理由を誇っていた主婦たちは、しだいに「三食昼寝付き」と蔑称されても、反駁できなくなってきた。
こうして、一九七○年代に入ると、「結婚」の中味に地すべり的変動が生ずる。
女にとってそれはもはや労働の場ではなく、夫の給料に価値を付加することもできないので、「働く」以外の意味を見出さなくてはならなくなった。
結婚といってもまず出会いのきっかけがないとなにも始まりません。

出典:出会い

戦前の結婚生活を知る

Posted on 25 3月, 2014 in 結婚

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戦前の結婚生活は、女にとって非常に暗いものであった。階層の上下を問わず、女は実家から婚家へと自分の意志とは無関係に移され、舅・姑に仕えて小姑のせわをし、夫の身勝手を忍ばねばならなかった。階層が下になれば、農家はもとより家事専業の主婦であっても、早朝から深夜までの労働が必要だった。避妊を禁じられていたので、七、八人の子供を生み、健康さえぎせいにしなければならなかった。
女の一生は「がまん」に尽きた。当時は太っている女はほとんどいなかったし、世帯やつれといって、結婚すれば汚なくなるものと相場がきまっていた。女はゑんな、今度生まれ変わるなら男だと思っていたものだ。
中流の、女中の一人二人もいて、やや恵まれた主婦を対象に、この苦しい結婚生活の合理的がまんのしかたを教えたのが、『主婦の友」であり、『婦人の友」であった。
昭和三十年代の主婦が、なぜ結婚生活を楽しいものと感じたかは、この暗い戦前との対比による。女の生活は確実に明るくなり、楽になったのだった。
しかもlここが大事なところだがl家のなかには、まだ手づくり家事が残っていて、主婦は自分の存在が、というより労働力が、家族によって大切であることを実感し得た。
子供や自分の普段着は、ミシンを使って縫った。良質の既製服がなかったので、体に合う服は洋裁店であつらえねばならない。普段着まであつらえていたら、夫がよほどの金
持ちでない限り、家計が破綻してしまう。外出着はあつらえ、普段着は手づくり、というのが一般であった。編み物もしかり、料理もしかり。
『暮しの手帖』には、和洋華のおいしい料理のつくり方が次つぎ紹介された。レストランへ行って味わうなど、ふつうのサラリーマン家庭では夢であったが、主婦に腕があれば、いながらにして安く味わうことができた。
昔ほどではなくても昭和の時代は辛い結婚生活だったようですが、今はかなり変わりました。素敵なパートナーを見つけてください。
どう変わったか、ご自分で体験してみてください。

参考:

投稿誌「わいふ」への投稿3

Posted on 25 3月, 2014 in 出会い

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ウチの夫だけではなく、主婦の生活を知ったら、やっぱり働かせたくなっちゃうんでしょうかね。
でも中には、ただひたすら家事に明け暮れ、開放廊下にしめらせた新聞紙をちぎってまいて、丹念に掃除をしてくれている五十歳ぐらいの奥さまもいるんですから、家にいても価値ある生活をしている妻なら、家にいてよしというわけなのかしら。
とにかく「結婚」の中味は、もう女性にとって「幸福」と手放しでいえるようなものではなくなったらしいのである。
ある人には自己実現の障害であり、ある人にはむなしく淋しい空の巣であり、ある人には退屈きわまる日常を、えんえんとおしゃべりしてまぎらわす場であり……。
どうしてこんなことになったのか?六○年代の生きがいにみちた主婦像はどこへ行ったのか、いささか考察を加えてえたい。
「クロワッサン症候群」の女性たちは、はたしてこんなつまらない「結婚」がしたいのであろうか?

●過ぎし日の幸福
女にとって、結婚が即幸福の代名詞として納得されたのは、一九六○年代のことではないだろうか。
日本の離婚統計上二番めに率の低い(一番目は戦時中。夫は戦場で不在だからだろう)
時期であった。夫婦と子供二、三人という核家族が一般化し、社会組織を支える最小単位として安定していた。
主婦は夫の給料袋を預かり、家庭管理権を一手に握り、教育程度も高校から短大ぐらいまでが増えて、子供を自分で教育することができた。
洗濯機、冷蔵庫、掃除機などが普及し、ミシンはほとんどすべての家庭にあり、家事は女の骨身を削る苦行ではなくなっていた。いささかの余暇も生み出すことができて、趣味やPTA活動など、気晴らしになる外出もさかんになってきた。
まだ見合い結婚が主流であったが、皇太子ご成婚によって恋愛結婚も公認された形だった。
クロワッサン症候群にならない為にも素敵な出会いを見つけてくださいね。

参考:出会い系 サクラいない

投稿誌「わいふ」への投稿2

Posted on 25 3月, 2014 in 結婚

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二号目(「わいふ」は隔月刊)、五月になって後日談が投稿されてきたのである。
私は先日『わいふ』に載せていただいた「女たちの昼さがり」夫に見せていませんでした。
田中編集長におもしろかったと言われ、ためしに夫に読ませてみたのですが、その反応たるやすさまじかったのです。

「なんだこれは、おまえ、毎日こんなくだらないことしてるのか。こんなことしてるくらいなら、即働け!おまえがこんなことしてるなんて思わなかった。おれはなん
のためにおまえを食わしてやってるのかわからない。働け、働け、家にいるとろくなことはない」とまあ、どなり散らしたのであります。この夫、反戦デモに私が行く時、
子守りを引き受けたというので友達より絶賛されたし、私も理解があるほうだと思っていた夫なのですよ。
つまり、夫たちは、昼間妻が何をしているのか全然知らなくて、また知ろうともせず、自分の母親がかってそうであったように、洗濯をして、子守、買い物、洋服のつくろい、それに、ハタキをかけて丹念に掃除なんかして一日を過ごしていると思っていたのです。早朝に出て行って夜中近くに帰ってくる夫は、ハタキがかかってないとか、洗濯はベランダにひよいひょいと干してお仕舞いだなんて気づかないらしいんですよね。男はロマンチストなんですね。
「あなた、何が悪いの?おしゃべりをしてお茶飲桑をしているところ、それとも友だちが悪いの?私が売春してるわけじゃないのよ」私がそう言っても「そんなくだらないことしてる暇があったら、ここんとこ掃除しろ、あそこだって汚ない、おまえがそんなことしてるんなら、女房なんかなんのためにいるんかわからないよ」とすごくメチャクチャなことを言うのです。
よくあるでしよ。母子心中なんかされて残されて夫が「あいつがそんなに思いつめてるなんて知らなかった」とかなんとか言うこと。それと同じで、サラリーマンのダ
ンナなんて、全部とは言わないけれど「亭主は達者で留守がいい」のごとく「女房は丈夫で家にいればいい」と思っているんじゃないでしょうか。何をしてるかまで関心
がないのよ・それでいて、いざ知ったらこの怒りよう、全く結婚なんてなんなんでしょうね。主婦って家政婦なんでしょうか!

やや時間が経って、私が不愉快そうにしていたら、夫がポッンと「主婦って暇なんだね。洗濯だって洗濯機がやってくれるし、メシだってカマドで炊くわけじゃないもんね」と言ったんです。

「何を言つてんのよ今ごろ。今やマイコン時代よ・お金がある主婦は、カルチャーセンターとかテ}一スとか行って暇をつぶしてるけど、ウチ象たいにお金がないところは、
近所の奥さんとお茶を飲んでるのがせいぜいなのよ」「じゃ働いたら」「子供どうすんのよ」「子供なんかほっといたって大きくなるよ。とにかく幼稚園(下の子)へでも
行ったら働けよ」というわけで、夫は妻の実態を知って、一刻も早く働かせたくなったのですが……おもしろい文章だなんて、夫には考える余裕もないほどショックだったようです。
主婦は家政婦ではありません。分かってくれる男性はたくさんいます。

参考:結婚相談所 選び方