投稿誌「わいふ」への投稿3

Posted on 25 3月, 2014 in 出会い

ウチの夫だけではなく、主婦の生活を知ったら、やっぱり働かせたくなっちゃうんでしょうかね。
でも中には、ただひたすら家事に明け暮れ、開放廊下にしめらせた新聞紙をちぎってまいて、丹念に掃除をしてくれている五十歳ぐらいの奥さまもいるんですから、家にいても価値ある生活をしている妻なら、家にいてよしというわけなのかしら。
とにかく「結婚」の中味は、もう女性にとって「幸福」と手放しでいえるようなものではなくなったらしいのである。
ある人には自己実現の障害であり、ある人にはむなしく淋しい空の巣であり、ある人には退屈きわまる日常を、えんえんとおしゃべりしてまぎらわす場であり……。
どうしてこんなことになったのか?六○年代の生きがいにみちた主婦像はどこへ行ったのか、いささか考察を加えてえたい。
「クロワッサン症候群」の女性たちは、はたしてこんなつまらない「結婚」がしたいのであろうか?

●過ぎし日の幸福
女にとって、結婚が即幸福の代名詞として納得されたのは、一九六○年代のことではないだろうか。
日本の離婚統計上二番めに率の低い(一番目は戦時中。夫は戦場で不在だからだろう)
時期であった。夫婦と子供二、三人という核家族が一般化し、社会組織を支える最小単位として安定していた。
主婦は夫の給料袋を預かり、家庭管理権を一手に握り、教育程度も高校から短大ぐらいまでが増えて、子供を自分で教育することができた。
洗濯機、冷蔵庫、掃除機などが普及し、ミシンはほとんどすべての家庭にあり、家事は女の骨身を削る苦行ではなくなっていた。いささかの余暇も生み出すことができて、趣味やPTA活動など、気晴らしになる外出もさかんになってきた。
まだ見合い結婚が主流であったが、皇太子ご成婚によって恋愛結婚も公認された形だった。
クロワッサン症候群にならない為にも素敵な出会いを見つけてくださいね。

参考:

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