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主婦の存在価値とは

Posted on 25 3月, 2014 in 出会い

投稿誌「わいふ」が、「妻の価値」というアンケート調査をしたのは40年代のはじめであるが、その結果を読んだ松田道雄氏は一文を寄せて、「妻は自分の家事労働により、夫の給料に価値を付加する」と述べ、主婦の存在価値を認めたものだ。まったくそのとおりで、薄い給料袋を厚くするのは主婦の才覚と無償の労働だったのである。
この時期の主婦像は、現在でも主婦擁護者の理想のイメージになっているが、残念ながら歴史はすゑやかに変転して行った。
アメリカでは1920年代に、すでに洗濯機や冷蔵庫を擁した、近代的な主婦生活が始まって、その花盛りは六○年代まで続いた。じつに40年。外圧で近代化を進める日本は、歴史の歩みが非常に速い。日本ではわずか十年余で楽しき主婦生活は価値を疑われることになってしまう。
昭和四十年代に入ると、衣服業界はきそって既製化率を上げる努力を始めた。すでに既製率が九○パーセントを超えるアメリカにノウハウを学び、あっという間に洋裁店は既製服店と選手交替してしまった。デパートの布地売り場は縮小の一途を辿っ(たど) た。
裁縫や編桑物はそれまで家事労働の大きな部分lおそらく三分の一以上の時間lを占めていただけに、この変化はにわかに主婦の余暇を増大させた。ミシンは次第に使われ
る頻度がへり、最近にはとうとう大手のミシン製造会社が倒産するに至る。
全自動洗濯機、冷凍庫つき冷蔵庫、打ち直しの必要のない化織や羊毛のふとん、主婦の手間をはぶく商品が洪水のように家庭をおそった。最後のトリデは食であったが、デパートの地下売り場には、あらゆるお惣菜が並べられ、ファミリーレストラン、ファーストフードの出現は料理ができなくても生きていけるのではないか、というところまできてしまった。

先輩のアメリカでは、最近、料理をクックするといわず、メイクするというそうだ。せいぜい盛り合わせる程度しか、手を掛ける必要がなくなっているのであろう。日本ももはやその段階に到達しつつある。
家庭内の女の労働は、かつて機織りが工場にとって代わられたように、ぞくぞく社会に奪われて行った。
労働によって自己の存在理由を誇っていた主婦たちは、しだいに「三食昼寝付き」と蔑称されても、反駁できなくなってきた。
こうして、一九七○年代に入ると、「結婚」の中味に地すべり的変動が生ずる。
女にとってそれはもはや労働の場ではなく、夫の給料に価値を付加することもできないので、「働く」以外の意味を見出さなくてはならなくなった。
結婚といってもまず出会いのきっかけがないとなにも始まりません。

出典:安心 出会系

投稿誌「わいふ」への投稿3

Posted on 25 3月, 2014 in 出会い

ウチの夫だけではなく、主婦の生活を知ったら、やっぱり働かせたくなっちゃうんでしょうかね。
でも中には、ただひたすら家事に明け暮れ、開放廊下にしめらせた新聞紙をちぎってまいて、丹念に掃除をしてくれている五十歳ぐらいの奥さまもいるんですから、家にいても価値ある生活をしている妻なら、家にいてよしというわけなのかしら。
とにかく「結婚」の中味は、もう女性にとって「幸福」と手放しでいえるようなものではなくなったらしいのである。
ある人には自己実現の障害であり、ある人にはむなしく淋しい空の巣であり、ある人には退屈きわまる日常を、えんえんとおしゃべりしてまぎらわす場であり……。
どうしてこんなことになったのか?六○年代の生きがいにみちた主婦像はどこへ行ったのか、いささか考察を加えてえたい。
「クロワッサン症候群」の女性たちは、はたしてこんなつまらない「結婚」がしたいのであろうか?

●過ぎし日の幸福
女にとって、結婚が即幸福の代名詞として納得されたのは、一九六○年代のことではないだろうか。
日本の離婚統計上二番めに率の低い(一番目は戦時中。夫は戦場で不在だからだろう)
時期であった。夫婦と子供二、三人という核家族が一般化し、社会組織を支える最小単位として安定していた。
主婦は夫の給料袋を預かり、家庭管理権を一手に握り、教育程度も高校から短大ぐらいまでが増えて、子供を自分で教育することができた。
洗濯機、冷蔵庫、掃除機などが普及し、ミシンはほとんどすべての家庭にあり、家事は女の骨身を削る苦行ではなくなっていた。いささかの余暇も生み出すことができて、趣味やPTA活動など、気晴らしになる外出もさかんになってきた。
まだ見合い結婚が主流であったが、皇太子ご成婚によって恋愛結婚も公認された形だった。
クロワッサン症候群にならない為にも素敵な出会いを見つけてくださいね。

参考: